うつ病になる時の感覚と、その時の状況を解説します!

ノジオ

うつ病は誰でもなり得る病気よ。

ノジオが2000年に病気になった時の感覚をシェアするよ。

うつ病にならないためと、うつ病を治すのに役立ててくれれば嬉しいよ。

随時、更新していくよ。

環境のせいにしてはいけない、は間違い

引っ越しなどをして環境が変わった時に、メンタルや体を壊したりすることが多いです。 昔、環境のせいにするなと教えられたが、50%以上、環境のせいです。 環境を責めるのは正常です。

ただ、ずっと環境のせいにし続けるのは、いがみ合いになるので良くないのです。

「環境のせいにしてはいけない」という教えは、環境も自分に含めて自分が変わることを考えろ、ということですが、2010年以降の情報過多の時代で同じことをすると、多過ぎる問題を受け入れることになります。

よって、うつ病になる可能性が高くなります。

私の感覚では、うつ病は内的要因というより外的要因で起こる割合が高いように思います。

発症までの経緯

都会生活から田舎に戻る

人は環境の変化に弱い生物でしょう。

引っ越しは生活環境が大きく変わります。人とのつながりや普段活用していた街の機能が変わると、生活に大きな影響が出てきて、体調やメンタル状態も大きく変わります。

特に都会から田舎などに移ると生活スタイルが大きく変わるため、悪い条件に晒されることがあります。

夜型の生活

学習指導に明け暮れる

話し相手がいない

2000年当時はスマホやSNSは存在しなかったので、都会から田舎に来ると話し相手が無いことでガス抜きが出来ず、ストレス解消をすることが難しかった。

遊ぶ場所が無い

夜の組織で更に仕事が増える

昼の仕事の後、夜の学会活動にいくのが常でした。そこで、更に仕事をもらってくるのです。
昼と夜の二重の仕事が溜まり、膨らんでいく一方でした。

徹夜をして頑張り発症

全く動けなくなる

うつ病が発症した時の状態は、心が地面に押しつぶされたような状態で、頭の上まで血流が流れなくなったような状態でした。頭の回転が止まってしまったままの状態でした。

治療の流れ

精神科で薬物治療

2000年頃から、薬物治療を始めました。最初は、抗うつ剤、抗不安剤、胃腸薬、睡眠導入剤などをのんでいたような記憶があります。発症から、症状を医師に伝えるごとに薬が増えて、5種類くらいもらっていたと思います。

記憶しているのは、抗うつ剤ルボックスを一回に2錠飲んでいた時期がありました。

薬の効果が全く分かりませんので、飲んでいてかなり不安でした。吐き気を催す時がありましたが、神経の興奮からか薬の効果なのか分かりませんでした。

良くなったり悪くなったり繰り返す

発病した最初の方は、悪くなったのが急なせいもあって、逆に急に早く治ることを期待します。ちょっと調子が良いと、このまま元に戻れ!と思い、疲れて症状が悪くなると焦りの気持ちで苦しくなるのです。

朝の散歩、畑作業をする

2年ほど動けず、思考の回転も止まっている感じで、言葉もなかなか出てきにくくなっていました。家に籠もってばかりまので、たまに外に出て体を動かすと調子が良くなるようにも感じていました。

それで、朝起きて調子の良い日は、親がは作業をしている500Mくらい離れた畑まで歩いて返ってくることを試し始めました。良いか悪いか、半信半疑といった感じでした。

頭の回転が徐々に良くなっていく

毎日、少しずつ体を動かしたり思考を試みたりして、徐々に体全体への神経に血のめぐりを良くしていったような感覚です。
次第に、出来なかった思考展開ができるようになっていき、使う言葉の数も増えていきました。

福祉施設で就労体験

5年で普通状態に戻る

仕事形態を自営業にする

一日頑張り通すのは錯覚

子供の頃から、義務教育で学校に行き、欠席せずに毎日通うことが当たり前と教育されて来ました。

社会に出ると、一人の人で処理できない容量のタスクが割り振られることは往々にして存在します。この場合、自分で処理が可能な分量なのかを事前にフィルターをかけて判断することが大切になります。

できないことはできないで、断らないといけないことは実は沢山あるのです。

真面目な人は、断ることに罪悪感を感じる傾向があるので、多すぎる仕事を引き受けて体を壊すのです。

仕事エネルギーを沢山消費する場合は、夕方3時にエネルギーが切れるといったこともあります。これは物理的に普通のことです。